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      悲しきクイーン 
   あるいは 眼裏に滲む街の灯   
                           
                              安堂俊雄


 古いブルース 口ずさみ
 フランス坂を下りていく
 もろ手をポッケに 突っ込んで

 街の灯りはまだ消えぬ
 人も通らぬ朝靄を
 ほの白いケンメリが
 瞬く間に
 追い越していく
  不思議なほどの静寂と
  眩暈だけを残して

 明け初めた蒼穹に
 見透かそうとするジャックは 聳え
 絵葉書のような霧笛が
 街を震わせる
  昨日も
  一昨日も
  おそらくは
  大正六年も

 チャイナタウンの髭は
 眠り呆け
 太平洋航路に就いている氷川丸は
 出発の銅鑼を鳴らす

 大桟橋は幻に浮かび
 キングの離反
 逆さまにもんどり打った
 橋のこちらを
 もう一度、でんぐり返る光景を
 明日も明後日もずーっと
 クイーンは見つづける